関節円板前方転位の最新治療法〜専門医の見解

執筆者情報:小室 敦

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関節円板前方転位の最新治療法〜専門医の見解

顎関節症と関節円板前方転位の基礎知識

顎関節症でお悩みの患者さまは少なくありません。特に「口を開けると顎がカクカク鳴る」「お口を開けようとしても開きにくい」といった症状に心当たりがある方は、関節円板前方転位という状態かもしれません。

顎関節は、私たちの体の中でも特殊な関節です。左右両方の関節頭が連動して多方向に動く構造になっており、一方の動きがもう一方にも影響を与えます。この複雑な仕組みが、時として問題を引き起こすのです。

顎関節は下顎頭(かがくとう)、下顎窩(かがくか)、そして関節円板という3つの主要な構造から成り立っています。関節円板は帽子のように下顎頭を覆い、骨同士が直接擦れないようクッションの役割を果たしています。この円板があることで、顎関節はなめらかに開閉運動を行うことができるのです。

しかし、さまざまな原因で関節円板が前方に転位(ずれ)てしまうことがあります。これが「関節円板前方転位」と呼ばれる状態です。この状態では、口を開けるときに「カクッ」という音が鳴ったり、痛みを感じたりすることがあります。

関節円板前方転位のメカニズムと症状

関節円板前方転位は、顎関節症の代表的なメカニズムの一つです。正常な状態では、口を閉じているとき、関節円板は下顎頭と下顎窩の間に位置しています。口を開ける際には、円板が下顎頭とともに前方へ滑るように移動します。

しかし、関節円板前方転位が起こると、口を閉じているあいだにクッション役の円板が下顎頭より前にずれたままになります。そして口を開ける途中で下顎頭がその円板を乗り越えるときに「カクッ」と音が鳴り、円板が元の位置に戻ったあとはほぼ普通に動くようになります。

関節円板前方転位には、大きく分けて「復位性」と「非復位性」の2種類があります。復位性の場合は、開口時に円板が正常な位置に戻りますが、非復位性の場合は円板が前方に転位したままとなり、開口が制限されることもあります。

主な症状

関節円板前方転位の主な症状には以下のようなものがあります:

  • 関節音(クリック音):顎を開け閉めすると、決まった箇所で「カクッ」と音がします。これは復位性関節円板前方転位に特徴的な症状です。
  • 顎や耳の前の痛み:噛んだり話したりすると痛みが強まることがあります。
  • 開口制限:非復位性の場合、口が大きく開かなくなることがあります(30mm以下の開口)。
  • 動きの引っかかり:口を開ける最初に引っかかりを感じ、音とともに開くことがあります。

復位性の円板の障害では、開口時に無痛性のクリック音またははじけるような音が生じることが多いです。一方、非復位性の円板の障害では通常、音は出ないものの、最大開口位での上下顎切歯間距離が狭くなります。

関節円板前方転位の原因と診断

顎関節症と関節円板前方転位の原因は複合的です。単一の要因ではなく、さまざまな要素が組み合わさって発症すると考えられています。

主な原因

  • 顎や骨格の不均衡:生まれつきの骨格の形や成長過程での変化が影響することがあります。
  • 咬み合わせの問題:歯の欠損や不適切な歯科治療による咬合の変化が顎関節に負担をかけることがあります。
  • 歯ぎしり・食いしばり:無意識のうちに強い力で歯を噛みしめる習慣(TCH:歯の接触癖)は、顎関節や筋肉に大きなストレスを与えます。
  • ストレスや心理的要因:精神的な緊張が筋肉の緊張を引き起こし、顎関節に影響を与えることがあります。
  • 外傷や習慣:頬杖、片側での咀嚼、顎の打撲なども原因となることがあります。
  • 姿勢の悪さ:猫背やスマホの長時間使用などで頭が前に出る姿勢は、顎関節に負担をかけます。

米国整形・補装具学会(AAOP)のガイドラインによれば、RCP(後退接触位)とICP(中心咬合位)のズレが2mm以上、オーバージェットが6mm以上、臼歯部の多数欠損、片側性クロスバイト、前歯部開咬などが咬合と顎関節症の関連性を示す指標とされています。

診断方法

関節円板前方転位の診断には、以下のような方法が用いられます:

  • 臨床的評価:開口時の顎の観察や、開口量の測定などを行います。正常では口は45~50mm開きますが、円板が損傷している場合は約30mm以下しか開口できないことがあります。
  • MRI検査:関節円板の位置や形態を正確に把握するために最も有効な検査です。開閉口時の下顎頭に対する円板の位置を観察することができます。
  • CT検査:骨の状態を詳細に観察することができます。

復位性の円板の障害の診断では、口を10mm(上下の切歯の切端間距離)より大きく開けると、円板が後方へ移動し下顎頭の上に戻るため、クリック音またははじけるような音が聞こえるか、あるいは引っかかりが感じられます。

非復位型の円板の障害の診断では、患者さまにできるだけ大きく開口していただき、その開口量を測定します。開口が制限されている場合(約30mm以下)で、下顎が患側に偏位する場合は、非復位性関節円板前方転位が疑われます。

関節円板前方転位の最新治療アプローチ

関節円板前方転位を含む顎関節症の治療は、症状の程度や持続期間によって異なります。基本的には保存的治療(体に負担の少ない方法)から始め、段階的に対応していくことが一般的です。

保存的治療法

  • セルフケア:顎を大きく開けすぎない、日中の食いしばりを意識する、硬い食べ物を避ける、片側で噛む癖をやめる、姿勢を正すなど、日常生活での注意点を守ることが第一歩です。
  • 薬物療法:痛みが強い場合は、イブプロフェンやロキソニンなどの消炎鎮痛薬で症状を和らげることがあります。日本顎関節学会のガイドラインでも、顎関節症の関節痛を有する患者に対して消炎鎮痛薬は有効であるとされています。
  • 理学療法:温熱療法やストレッチ、マッサージなどで筋肉の緊張をほぐします。
  • マウスピース療法(スプリント療法):就寝時にマウスピースを装着し、歯ぎしりや食いしばりの力を和らげる方法です。多くの顎関節症患者さまで効果が期待できます。
  • 自己開口訓練:日本顎関節学会のガイドラインでは、成人の顎関節症に対する初期治療として、自己開口訓練およびスタビリゼーション口腔内装置装着が推奨されています。

復位性の円板の障害は、患者さまが不快感なしに口を適度な大きさに(約40mm、または示指、中指、環指の3本の指幅)開けられるならば、特別な処置の必要はありません。痛みが生じる場合は、弱い鎮痛薬を用いることもあります。

外科的治療法

保存的治療で症状が改善しない場合、以下のような外科的治療が検討されることがあります:

  • 関節腔洗浄療法:関節内の炎症物質を洗い流す治療です。
  • 関節鏡視下手術:小さな内視鏡を用いて関節内を観察しながら治療を行います。
  • 円板整位術:前方に転位した関節円板を後方に移動させて縫合により固定する手術です。1979年に初めて報告され、関節円板前方転位に対する外科的方法として用いられてきました。

しかし、2000年頃までに外科的円板整位法はほとんど行われなくなっています。その理由としては、MRIの普及により術後の関節円板の位置を確認できるようになり、多くの症例で術後に円板が再転位していることが判明したためです。また、無症状の非復位性関節円板転位をもつ人が10%以上存在するという疫学調査結果も、外科的治療の必要性を再考させる要因となりました。

現在では、外科的治療は慎重に検討され、保存的治療で効果が得られない重度の症例に限って行われる傾向にあります。

最新の治療トレンドと専門医の見解

顎関節症と関節円板前方転位の治療は、近年大きく変化してきています。かつては「咬合不正が原因」との考えから咬合調整やマウスピースによる治療が中心でしたが、現在では多角的なアプローチが重視されています。

保存的治療の重要性

日本顎関節学会の最新のガイドラインでは、顎関節症患者において、症状改善を目的とした咬合調整は行わないことが強く推奨されています。これは、咬合調整だけでは根本的な問題解決にならないという認識が広まってきたためです。

代わりに、自己開口訓練やスタビリゼーション口腔内装置装着などの保存的治療が推奨されています。また、低出力レーザー照射も、治療費が高額でない場合は選択肢の一つとして提案されています。

機能的アプローチの重視

最新の治療トレンドでは、単に歯並びを整えるだけでなく、顎関節の機能回復を重視したアプローチが注目されています。これは「機能的矯正」と呼ばれ、歯並びと同時に下顎(顎関節)の位置も調整することで、顎関節症の根本改善を目指すものです。

顎関節の動きをコンピューター解析し、問題点を数値化してから治療を設計するなど、より精密な診断と治療計画が可能になってきています。

専門医としての見解

私は日本歯科大学を卒業後、多くの研修や学会活動を通じて顎関節症の治療に携わってきました。その経験から、関節円板前方転位を含む顎関節症の治療においては、以下の点が重要だと考えています。

  • 個別化された治療計画:顎関節症の原因や症状は患者さまごとに異なります。画一的な治療ではなく、それぞれの状態に合わせたオーダーメイドの治療計画が必要です。
  • 多角的アプローチ:咬合だけでなく、筋肉の緊張、ストレス、生活習慣など、多角的な要因に対応する総合的な治療が効果的です。
  • 段階的治療:まずは保存的治療から始め、効果が不十分な場合に次のステップを検討するという段階的なアプローチが望ましいです。
  • 継続的なフォローアップ:治療後も定期的な経過観察を行い、必要に応じて治療計画を調整することが重要です。

顎関節症は一度治療して終わりではなく、長期的な管理が必要な場合もあります。専門医との信頼関係を築きながら、継続的なケアを受けることが大切です。

患者さまへのアドバイスとセルフケア

関節円板前方転位を含む顎関節症の多くは、適切なセルフケアと生活習慣の改善によって症状を軽減することができます。以下に、患者さまご自身で実践できるケア方法をご紹介します。

日常生活での注意点

  • 顎に負担をかけない:大きく口を開けることや、硬いものを噛むことは避けましょう。
  • 食いしばりを意識する:日中、無意識に歯を接触させていないか意識してみましょう。歯の接触している時間は1日の中で10〜20分程度が正常です。
  • 片側咀嚼を避ける:左右均等に食べ物を噛むよう心がけましょう。
  • 姿勢を正す:猫背やスマホの長時間使用による前傾姿勢は顎関節に負担をかけます。特にデスクワークの方は注意が必要です。
  • 頬杖をつかない:頬杖は顎関節に不均等な力をかけるため、避けるようにしましょう。

自宅でできるセルフケア

顎関節の痛みや不快感がある場合は、以下のようなセルフケアが効果的です:

  • 温熱療法:温かいタオルやカイロを顎関節部分に当てると、筋肉の緊張をほぐす効果があります。
  • マッサージ:顎の筋肉を優しくマッサージすることで、緊張を和らげることができます。
  • リラクゼーション:ストレスが顎関節症を悪化させることがあるため、深呼吸や瞑想などのリラクゼーション法を取り入れるのも良いでしょう。
  • 適度な開口訓練:専門医の指導のもと、適切な開口訓練を行うことで症状の改善が期待できます。

これらのセルフケアは、専門医による治療と並行して行うことで、より効果的になります。ただし、強い痛みや開口制限がある場合は、無理に自己流のケアを行わず、まずは専門医に相談することをおすすめします。

専門医への相談のタイミング

以下のような症状がある場合は、早めに専門医への相談をおすすめします:

  • 顎の痛みや不快感が続く
  • 口を開けにくい、または大きく開けられない
  • 顎から「カクッ」という音がする
  • 顎の動きに引っかかりを感じる
  • 顎の痛みが頭痛や耳の痛みにつながっている

顎関節症は早期に適切な治療を受けることで、症状の悪化を防ぎ、より効果的に改善することができます。お悩みの方は、顎関節症の治療に精通した専門医に相談されることをお勧めします。

まとめ:関節円板前方転位と向き合うために

関節円板前方転位は顎関節症の代表的なメカニズムの一つであり、多くの患者さまに見られる症状です。「カクッ」という関節音や開口制限、顎の痛みなどの不快な症状をもたらすことがありますが、適切な理解と対応によって多くの場合、症状の改善が期待できます。

本記事でご紹介したように、関節円板前方転位の治療は保存的なアプローチが基本となります。自己開口訓練やスタビリゼーション口腔内装置装着、セルフケアなどの方法で多くの患者さまの症状が改善します。外科的治療は、保存的治療で効果が得られない重度の症例に限って検討されるべきでしょう。

顎関節症は一人ひとり症状や原因が異なるため、個別化された治療計画が重要です。また、顎関節症は単に歯科的な問題だけでなく、生活習慣やストレスなど多角的な要因が関わっているため、総合的なアプローチが効果的です。

もし顎関節に違和感や痛みを感じている方は、早めに顎関節症の治療に精通した専門医に相談されることをお勧めします。適切な診断と治療により、顎関節の健康を取り戻し、快適な日常生活を送ることができるでしょう。

顎関節症と関節円板前方転位の治療は日々進化しています。最新の知見と技術を取り入れながら、患者さま一人ひとりに最適な治療を提供することが、専門医としての私たちの使命だと考えています。

詳細は表参道AK歯科・矯正歯科の顎変形症のサイトをご覧ください。

表参道AK歯科・矯正歯科 院長:小室 敦

院長 小室 敦

https://doctorsfile.jp/h/197421/df/1/

略歴

  • 日本歯科大学 卒業
  • 日本歯科大学附属病院 研修医
  • 都内歯科医院 勤務医
  • 都内インプラントセンター 副院長
  • 都内矯正歯科専門医院 勤務医
  • 都内審美・矯正歯科専門医院 院長

所属団体

  • 日本矯正歯科学会
  • 日本口腔インプラント学会
  • 日本歯周病学会
  • 日本歯科審美学会
  • 日本臨床歯科学会(東京SJCD)
  • 包括的矯正歯科研究会
  • 下間矯正研修会インストラクター
  • レベルアンカレッジシステム(LAS)

参加講習会

  • 口腔インプラント専修医認定100時間コース
  • JIADS(ペリオコース)
  • 下間矯正研修会レギュラーコース
  • 下間矯正研修会アドバンスコース
  • 石井歯内療法研修会
  • SJCDレギュラーコース
  • SJCDマスターコース
  • SJCDマイクロコース
  • コンセプトに基づく包括的矯正治療実践ベーシックコース (綿引 淳一 先生)
  • 新臨床歯科矯正学研修会専門医コース 診断・治療編(石川 晴夫 先生)
  • 新臨床歯科矯正学研修会専門医コース 応用編(石川 晴夫 先生)
  • レベルアンカレッジシステム(LAS)レギュラーコース
  • 他多数参加

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